私が開院した理由

腹痛と下痢に悩まされた中学時代

私が整体の道を志すきっかけは、自分自身の体調不良でした。

話は中学生時代にさかのぼります。夏が暑かったため、毎日のように水道水をがぶ飲みし、インスタントラーメンを食べる生活を続けていました。

すると次第にお腹が痛くなり、毎日のように下痢をするようになりました。腹痛と下痢を繰り返し、体はいつもだるく、1時間に1回ほどトイレに行かなければならない状態になりました。

医療機関でいろいろな検査を受けましたが、原因ははっきりせず、「神経性下痢症」と言われました。今でいう過敏性腸症候群のような状態だったのだと思います。

その後もいくつかの医療機関を回りましたが、あまり変化はありませんでした。

このままずっと腹痛と下痢に悩まされ続けるのだろうか。そう思うほどつらい日々でした。

眼光の鋭い整体師との出会い

どこへ行っても変わらないため、もう体質なのだと諦めかけていました。

そんな時、総合病院に入院しても良くならない人を楽にしてしまう整体師がいると聞きました。だめで元々と思い、その先生のところへ行ってみることにしました。

その先生は70代後半の筋肉質の老人で、眼光の鋭い方でした。無口で無愛想でしたが、独特の存在感がありました。

その先生は、黙って私の背中を押すだけで、私の体の状態を見抜きました。施術には痛みもありましたが、施術後には今まで経験したことのない爽快感がありました。

お腹が温かくなり、血液が巡り、内臓が働き始めるような感覚がありました。

今まで受けてきた治療は一体何だったのだろう。そう思うほど、私にとって大きな体験でした。

原因は冷たい水と現代的な食生活

その先生によると、私の腹痛や下痢は、精神的なものだけではなく、冷たい水や現代的な食事が内臓に負担をかけ、内臓まわりがこわばり、正常に働きにくくなっていたことが関係しているとのことでした。

それから体調が悪くなると、その先生の施術を受けるようになりました。

私がその先生に診ていただいた症状は、頭痛、肩こり、むち打ち、眼精疲労、胸の苦しさ、腰痛、腹痛、下痢、頻尿、冷え性、捻挫など、頭の先から足の先まで全身に及びました。

治療家を目指す決意

大学を卒業し、就職して測量の仕事をしていました。しかし次第に、「この仕事は自分でなくてもできるのではないか」「自分にしかできないことを生涯の仕事にすべきではないか」と考えるようになりました。

自分の人生を振り返ったとき、最もつらかったのは慢性的な腹痛と下痢に悩まされたことでした。

私と同じように、食生活や生活習慣の乱れから体調を崩し、医療機関に通ってもなかなか変化を感じられず、どこへ行けばよいのか分からず悩んでいる方が多いのではないか。

そう思い、治療家になることを決意しました。

それまで勤めていた職場を辞め、金沢の柔道整復師専門学校で3年間学びました。

野間式整体術を学ぶ

柔道整復師の専門学校に通っていた頃、私はいつもお世話になっていた先生にお願いし、整体術を教えていただきました。

その先生の整体術は、野間式整体術という日本古来の整体術でした。

野間式整体術は、講談社初代社長である野間清治氏が考案した整体術とされています。武道の世界では、相手を制する殺法と同時に、体を整え回復させる活法が伝えられてきました。

師匠は京都の大日本武徳会武道専門学校で柔道を学び、その中で野間式整体術を身につけたと聞いています。

師匠は私に野間式整体術を伝えると、まもなく他界されました。享年92歳でした。

師匠から受け継いだ整体術を、今度は私が悩んでいる方のために役立てたい。その思いが、くろだ整体院の原点です。

整骨院から整体院へ

柔道整復師専門学校を卒業後、福井市の整骨院で2年間修行し、その後、越前町梅浦で整骨院を開院しました。

18年間、柔道整復師として施術を続けましたが、時代の変化とともに整骨院を取り巻く環境は厳しくなっていきました。

もともと整骨院時代から整体術を用いた施術を行っていたこともあり、保険診療の枠にとらわれず、より自分が大切にしている施術を行いたいと考えるようになりました。

そして2007年4月、福井市にくろだ整体院を開院しました。

どこへ行けばよいのか分からない方のために

それ以来、変わらぬ思いで、体の不調に悩む方、どこへ行けば良いのか分からない方のために施術を続けています。

患部のこりをゆるめ、血液循環を促し、体の働きが本来の状態に近づくように整える。

この理念のもと、一人でも多くの方と喜びを共有したいと思っています。

当院の整体は医療行為ではありませんが、体の状態を丁寧に見ながら、健康づくりのお手伝いをしていきたいと考えています。